*2009年の映画ベスト10に入れたい!「大阪ハムレット」

原作は、「少年アシベ」などのギャグ4コマで知られる森下裕美
大阪ハムレット」は連作短編集で、
大阪の下町に暮らす 悩み多き人々の日常生活を描いている。
2006年に第10回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、
2007年に第11回手塚治虫文化賞短編賞を
受賞したことは 伊達ではない。
1話目から泣ける。もちろん、テクニックや画も素晴らしい。
原作も力いっぱいおすすめしたい。
そんな原作の魅力やメッセージを
映画「大阪ハムレット」は うまく抽出して組み立て直している。
何より、脚色がいいのだ。


主人公は、大阪の下町に暮らす久保家。
ほがらかな母親と、
老けて見られる中学生の長男、
同じく中学生でヤンキーの次男、
ちょっと中性的な小学生の三男、
それから 父親が亡くなってから一緒に住み始めた謎のおっちゃん、だ。


物語は3兄弟それぞれのエピソードを中心に進むのだが、
原作では別々に語られていたエピソードを、
映画は 一つの家族の話として うまくまとめている。
家族の話にまとめ直すことで 物語がすっきりまとまり、密度も高くなった。
家族の中で見た限りでは一番問題のありそうな次男が、
実はマトモな部類であると分かるという逆転現象が起こり、
ついには狂言回し的な立場になって兄や弟を励ますという、
思いがけなく笑える仕掛けも生んでしまった。うまい。


私が「大阪ハムレット」を好きなのは、
この物語がマイノリティが描いているからだ。
母親はいい歳してモテモテで、いい歳で妊娠する。
長男は、ふとしたことから知り合った女子大生と
大学生と間違われ付き合い始める。
この女子大生はいわゆるファザコンで、
二人きりになると赤ちゃん言葉を話し長男に父親的な役割を求める。
三男は女の子になりたいことを教室で宣言し、上級生にからかわれる。
三男のクラスには、男の子役をやりたい女の子がいて、
学校祭のシンデレラでは王子役に立候補する...


大阪ハムレット」は、家族の物語であり、
大阪という街の物語でもあるといえるが、
登場人物の多くがマイノリティであることは見逃せない。
原作も同じく一見すれば大阪を舞台にした人情劇なのだが、
笑いと涙にくるまれて描かれるのは
不妊に悩む夫婦や父子家庭など少数派の人々だ。
マイノリティに選択肢はない。
どうしようもなく少数派である自分から、逃げることはできないのだ。
そのため、問題をどう解決するかではなく、
問題を持つ自分自身をどう生きていくか、という
深い問いが投げかけられることになる。
まるで、次男が読むシェイクスピアハムレットみたいに。
「生きるか死ぬか、それが問題や」
大勢とは違うというだけで、この世では生きにくい。
けれど、現実の中で生きていかなくてはいけない。


そこでこの映画では、家族が大きな役割を果たす。
家族はマイノリティ的な要素を「自分が自分らしくある要素」ととらえ、
自分らしく生きていこうとするには現実は厳しいことを伝える。
けれど、何よりまず彼らを無条件に受け入れるのだ。
原作にも描かれていた周囲のあたたかい人々は映画にも生きているが、
特に映画の中で久保家=家族が、どんな人をも「それでいい!」と
肯定して世間に送り出す、象徴的な存在になっている。
けれどその久保家すら、
次男は父親と似ていない自分が実の子なのか疑っていたり、
謎のおっちゃんが一緒に暮らしたりと、
単純に血のつながりを根拠にする家族とは違う形をしているのだ。
自身もマイノリティである久保家が、
つながりの危うさを超えて受け入れ合う姿にも感動させられる。
これも映画版の脚本が生み出した、いい意味での副産物だろう。


映画ならではのシーンも良くて、
例えば 三兄弟が時折集まる堤防。
制服の白いシャツに黒いズボンの三人が、どこからともなく集まって、
はるか遠くを眺める姿は絵になる。
その後ろの家で、毎回カップルがケンカしているのも笑える。
ラスト近くに次男が堤防の上を
がむしゃらにつきすすんでいく長回しのシーンなど、
画にも魅力があるのも嬉しい。


俳優も素晴らしく、
母親を演じた松坂慶子はその巨乳ぶりにも驚かされたが、
大阪弁での“母ちゃん”ぶりは見事だった。
結局最後まで誰か分からないおっちゃん役の岸辺一徳
要所要所でいい笑いをくれる次男を演じた森田直幸も忘れがたいし、
三男の大塚智哉は中性的な感じが絶妙だ。


本当にあるの? と 疑ってしまうほど笑える看板や
独特の食べ物など、映画の隅々まで詰まっている大阪の感じも楽しい。


泣き笑いしつつ
「生きとったら、それでええやん」というメッセージがすとんと伝わってくる。
名作といっていい原作を上手く映画に仕立て直した、
仕事の確かさが光る一本。
生きていきにくいあなたにもおすすめです!

「心が 自由でなくて ええんか?」