松尾さん、また映画を作ってください「クワイエットルームにようこそ

エンドロール監督の名前の法則、というのがある。というか、作った。


エンドロールにおいて
他のスタッフの名前と共に、監督の名前が画面上方に消えず
画面中央で 留まった場合、
その映画はつまらない。と いうもの。
(監督の名前が、他のスタッフの中に埋もれてしまっているのは、論外)
でも、この映画は、めったにない例外。
監督・脚本を務める松尾スズキの名前が、画面中央で、止まる。止まってしまう。
でも、私は思った。


この映画は、傑作かも。



閉鎖された精神病棟が、舞台。
駆け出しライター・明日香は、目覚めたら、そこいた。
その中の一室「クワイエットルーム」に、五点拘束されて。


まず驚くのは、この過不足のない2時間の元になっているのが、
たった143ページの小説であるということ。
松尾スズキの原作が、短いながら密度の高いものであることも
その理由かもしれないが、
この単純な事実だけでも、
小説・漫画(特に長編)の安直な映画化は危険だということがよくわかる。
しかも、「オズの魔法使い」絡みのネタの整理の仕方など、
原作への手の加え加減が うまい(もちろん、原作も面白い)。
なぜ松尾さんが脚色した「東京タワー」があんなことになったのか、
不思議なくらい。
しかも、病やタブーを扱いながらも、しっかり笑える。
客席からは、随所に笑い声が聞こえましたし。さすが。


イントロ部分も、見事。
言葉による説明なく、
奇妙な芸人、慌ただしいライターぶり、恋人のお尻、デカイ仏壇、
さらに海辺に置かれた仏壇の上に立って ゲロでうがい... 
さまざまなものを 次々ぶつけて、観る人を引きずり込む。
明日香の顔にこびりついている 白い何か。それを、
観客は 複雑な思いで 見つめることになるのだ。


しかし、この映画は、
一般的にはダークでディープな舞台と題材の割に 祝祭的だ。
酒、クスリ、不安、もう頭燃やしません宣言、エッシャー、自殺、
セックス、罰ゲーム、新興宗教、クスリ、締め切り、風俗、
マトリョーシカ、ドロシーの銀の靴、クワイエットルーム... 
大騒ぎしながら、様々なパーツを 笑いをまぶして 打ち上げる。
花火みたいだ。
ぎらぎらと派手に 火花が目の前を通り過ぎる。
なんかすごい。下手したら、キレイ。
でも忘れてはいけない。
輝く花火の背後に広がるのは、まぎれもなく闇なのだ。


この映画は、「ここは 誰もが生まれ変われる場所」なんていうほど
甘っちょろくないし、
「明日香は フツー女の子。彼女の悩みは、あなたの悩み」
などという ありがちな位置にあるのではないと 思う。
背後にあるのは、
生と死の境。正常と異常の隙間。
そして興味深いのは、面白い国の住人と面白くない国の住人の国境だ。
明日香は「私には 何も書くことがない」と 睡眠薬と酒に溺れる。
だけど、恋人は面白い国の住人。そこに行き着けない 焦りや苦悩。
面白さは、いつからそんなに 大事な物になったのだろう。
2007年春に公開された「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」でも
面白い という価値が 意外なところで登場して面白かった。
(予告は、見せ過ぎだよなあ)
この映画の闇は、深いよ。
明日香もまた、いつここに戻ってくるか わからない。
何かを作り出すこと、現代の社会で生きていくこと、自分って何?
そういう 根っこを 問われるような 感じがするのだ。


美術も、好き。
クワイエットルームの感じ、明日香と鉄雄の部屋(見応えあり)。
俳優もいいんだよなあ。
内田有紀って、こんなによかったっけ? 髪の質感まで誉めたい。
クドカンもいいし、
りょうの、あの薄目!
蒼井優、達者。青白い美しさ。
大竹しのぶは、何故にそれほどの生理的嫌悪感を醸し出せるのか。見事。
しかし、個人的に 平岩紙ちゃんがすっごくよかった。
エロかわふわふわ で。
クロネコヤマギシのお世話になりたい。


とはいえ、
時々がっかりするぐらい俗っぽい画が入るところ
(パズルをする明日香たちの窓を病棟の外から映すシーンなど)と、
言ってはいけない ひとこと」の処理は、
やっぱり ちょっと 気になる。


でもそれを差し引いても、
また映画をつくってください、松尾さん。
そう願わずにはいられない一本。


主題歌もよし。